フレッシュマンセミナー2020
経済について学ぶ 第 2 回
新型コロナウィルスと経済問題
ー私たちにできることは何かー
大阪学院大学経済学部 岡野光洋
※本資料は筆者個人の見解であり、筆者の所属する
組織の見解を示すものではありません。
(2020年3月25日作成)
いま何が起きているのか?
- 新型コロナウィルス感染症の世界的流行
- 国境封鎖、往来自粛、外出禁止
- →経済活動の凍結
(1) 生産・消費、雇用・労働、貿易・観光
(2) 株価の暴落、金融不安
感染抑止と経済活動の板挟み
感染を抑えるために人々の交流をなくすと、
経済活動もまた止まってしまう。
- 感染を抑制できないと、医療崩壊を招く
- 経済を止め続けると、企業の倒産、失業が発生
どちらを選んでも多大な犠牲は避けられない
より多くの犠牲がでるのはどちらか?
非情で冷徹な判断を強いられている。
テーマ
- 今起きていること(済)
- 経済学者はどう考えているか
- 市民(私たち)に何ができるか
問題意識
- 「今、そこにある危機」(=パンデミック)に対してあらゆる政策手段を総動員しなければならない。
- 合わせて医療提供体制を含めて現行の制度や規制を見直すことで、新型コロナウイルスに対する経済・社会の強靭性を強化する。
- 今、我々の叡智が問われている。
【緊急提言】では、経済政策の3つの原則を掲げ、
8つの提言を示している。
経済政策の原則
感染拡大の抑止 (提言1〜4)
短期的な経済的インパクト
(所得の減少と流動性の不足)の軽減
(提言5〜7)
長期的な産業構造変化の促進 (提言8)
1. 感染拡大の抑止
その第一義的な目的は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に対して耐性の強い社会を作ることである。二つ目の目的は経済の安定化だが、ここで我々が強調したい点は、消費や投資を無差別に刺激する景気対策を目的とはしない、ということである。
※感染拡大の抑制、耐性強化を優先する。むやみに消費を刺激し、感染が拡大してはいけない。
- (提言1) 医療のデジタル化
- (提言2) 経済活動のデジタル化
- (提言3) 検査体制の充実
- (提言4) 全国各地で旅館・ホテルを政府が臨時に借り上げ、軽症・無症状者を隔離するための入院施設とする
2. 経済的インパクトの軽減
外出やイベントの自粛などによって経済活動が停止し、多くの人が所得の急減や手元資金(流動性)の枯渇に直面している。経済活動の停滞が株価暴落を引き起こし、それがさらなる経済活動の停滞を引き起こすという悪循環が発生しつつある。
- (提言5) 日本銀行などによる株価の下支え
- (提言6) 選択的な現金給付
- (提言7) 家計に無差別・無条件の公的緊急融資
3. 長期的な産業構造変化の促進
… 観光、外食、レジャーなど多くの産業で需要のレベルが恒久的に低下する。一方、マスクや消毒薬、オンラインの会議サービスなど、需要が激増するセクターもある。大きく急速な産業構造変化が起きると予想されるが、それには企業の退出(廃業、倒産)と新規参入による新陳代謝が不可欠である。…(略)…適正なスピードでの企業の新陳代謝を促す政策も組み合わせることが必要である (提言8)。
(まとめ)経済学者が政府に求めること
- 感染拡大の抑止
- 短期的な経済的インパクト
(所得の減少と流動性の不足)の軽減
- 長期的な産業構造変化の促進
(2020.3.30追記)
- 2020年3月30日、日本経済団体連合会(経団連)が「新型コロナウイルス対策に関する緊急提言」 を公表しました。
- 経団連は主に大企業からなる経済団体です。
- 経済学者と企業経営者らの見解・提言に共通するところもあれば、違うところもあります。各自で内容を確かめてみてください。
市民に求められること
- 情報の取捨選択
- 自分の頭で考える(勉強する)
- 不確実性とリスクに対する理解
→ 意思決定・情報伝達をスムーズにし、
被害を最小限に食い止める。
情報の取捨選択
- マスメディアが恐怖を煽り、
ソーシャルメディアがデマを拡散する。
WHOはこれを infodemic(情報の感染) と呼ぶ。
- 適切な情報伝達が阻害されると、混乱を招く。
- 恐怖の源泉は、未知であること。
「敵を知る」ことで不安は軽減される。
良質な情報をみきわめることが大事。
(これは結構むずかしい)
どうすればいいか?自分の頭で考えよう。
ものごとを多角的、複眼的、批判的に見る
(1) 複数の情報源、複数のメディアにあたろう。
(2) 英語の情報も読めた方が望ましい
正解・不正解は誰にも分からない。
- WHOや厚生労働省も間違えることがある。
- かといって、一切信用しないのは間違い。
真偽を見定めるための知識武装
→ 大学の4年間で訓練しよう。
- ソーシャルメディアの使い方に注意しよう
- デマを完全に見極めるのは不可能
- 真偽の分からない情報を安易に発信しない。
- 見すぎると消耗することも。ほどほどに。
- メディアの情報を鵜呑みにしない
市民が賢くあれば、パニックは起きない。
- 国際信州学院大学は 実在しません。架空の大学です。
- 上記は精巧に作られたジョークサイトだが、フェイクであることを 意図的に分かりやすくしている。
- 相手が本気であなたを騙そうとするとき、真偽を見抜くことはできるでしょうか?
不確実な世の中を受け入れる
→ 経済学が得意とする分野
- 恐怖は「わからない」から生じる。
- 「確率的にしかわからない」ことがある。
(例)量子力学
- この場合、確率をもとに判断を下すしかない。
(応用例)PCR検査を徹底的にやるべきか?
(新型コロナウイルス感染の検査)
陽性・陰性を100%的中させる検査は 存在しない
- 偽陽性 感染していないのに陽性
- 偽陰性 感染しているのに陰性
偽陽性の場合、健康なのに隔離され医療資源を奪う
偽陰性の場合、安心して外出、感染拡大につながる。
偽陽性・偽陰性であるかは事前には分からない。
→ 確率でしか語れない
シミュレーション
吉峯 (2020)
- 日本に1億人いるとする
- 今の感染者数を1万人とする
(公表値は数千人程度, 3.25現在)
- 感染者率は1億分の1万で 0.01%
(これを事前確率とよぶ)
やみくもに(無作為に)検査した場合、
検査対象に感染者が含まれる割合は 0.01%
無作為に選んだ100万人を検査をすると、
その中には100人の感染者がいる計算
以下の例はただ眺めているだけでは理解が難しいかもしれません。紙と鉛筆を用意して、時間をかけて確かめてください。
- 感度 感染者が陽性となる確率 (99%とする)
- 特異度 非感染者が陰性となる確率(99%とする)
| 合計 | 陽性 | 陰性 |
---|
感染 | 100 | 99 | 1 |
非感染 | 1,000,000 | 10,000 | 990,000 |
※(計算を簡単にするために 検査数を+100)
- 感染者100人のうち、1人は 陰性!
- 非感染者は100万人のうち、1万人は陽性!
Q. あなたがこの検査対象に含まれていたとする。あなたの検査結果が陽性だった場合、本当に感染している確率は何%だろうか?
A. 表を縦にみると、陽性者は10,099人いる。うち感染者99人、非感染者10,000人。確率だけで考えると、あなたが感染者である確率は 99/10,099 = 約1% にすぎない。
- 精度を上げるには、事前確率(検査対象に感染者が含まれる割合) がきわめて重要になる。
- 事前確率を上げるために、海外渡航歴、感染者との濃厚接触、肺炎症状の有無、医師の所見などを参照する。
- 事前確率が 80% であれば、 125人 の検査をすれば100人の感染者が含まれる計算。 125×0.8=100
| 合計 | 陽性 | 陰性 |
---|
感染 | 100 | 99 | 1 |
非感染 | 25 | 0.25 | 99.75 |
| | | |
- 検査数125人のうち非感染者は25人
- うち、偽陽性は1%なので、125×0.01 = 0.25 人
- 事前確率を高めておくと、偽陽性の数を限りなく小さくすることができる。
(先の表と何が違うか、確かめてください)
- 統計学の基礎知識があれば 専門家でなくても理解できる ことがある。
- 経済学に限らず、基礎的な勉強を積み重ねることが大事。
※ここで注意
- 日本のPCR検査数が世界的に少ないことには賛否あり、2020年3月25日時点で明確な結論は出ていません。
- 先の例は説明のための簡易計算であることに注意してください。現実問題として、125の検体から99もの陽性反応が出るということは、その裏で市中感染が広がっている可能性が高いといえます。この場合、偽陽性の多さよりも 感染者の取りこぼし が問題となりえます。
(経済学の応用例)
なぜトイレットペーパーが店頭から消えたか?
行動経済学による説明
- 他の人が買うと想定した場合
- 自分が買おうが買うまいがトイレットペーパーは売り切れてしまう。それならば自分も買っておいた方が合理的。
- 他の人が買わないと想定した場合
- 自分が買っても買わなくても売り切れはおきない。必要な分だけ買えばよい。
- 他の人も同じようなことを考えている。 他の人が買うか買わないか分からない以上、確実に損をしない方法は 「買い」 となる。
| 他人が買う場合 | 他人は買わない |
---|
買う | 売り切れるがすぐには困らない | 売り切れないし困らない |
買わない | 売り切れるし困る | 売り切れないし困らない |
| | |
- 個人レベルでは買った方が合理的。この結果在庫がなくなる(全体としては損)。
- 誰もが全体の利得を尊重することができれば、在庫切れは起きにくい。(これはむずかしい)
- 必要な分だけ、必要な人に行き渡る解があるはずなのに、個人の合理的な行動だけでは実現できない
(合成の誤謬, ごびゅう) 政府による介入が必要。
- 人間はすでに手にした快適さを失うことに対して強く拒絶する傾向がある(損失回避の法則)
- 転売問題が事態をややこしくしている。
メッセージ (1/3)
- 世界の誰も予想していなかったことは現実に起こる
- 各国政府は事態の収束に向けて苦渋の決断を迫られ、最大限の努力をはらっている
- 最も過酷なのは患者と医療現場。医療崩壊を阻止。
市民に何ができるかを考えてみよう
(2/3)これからをどう生きるか
- データにもとづき、客観的かつ論理的に判断しよう。知識武装をしよう。
- 政府に頼らず、会社に頼らずとも生きていけるタフさを身につけよう。
- 自分に投資し、新しい価値を生み出す力(稼ぐ力)を身につけよう
(3/3) 緊急事態では直感が頼り
- 緊急時にはデータを待っていたのでは遅すぎる。
- 直感はときとして間違えやすい。
- 今のうちから感性を研ぎ澄ませておこう。
- まわりに流されない。常識を鵜呑みにしない。
- 自分の頭で考えよう。大学で勉強しよう。